【ASPJ】#2 共同代表 土屋光子さん【インタビュー】

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皆さんには、やめたくてもやめられないクセや習慣はありますか?
「座っているとつい貧乏ゆすりしてしまう」「やってはいけないと分かっているのにニキビを潰す癖がやめられない」といった昔からの習慣でなかなかやめられない行動が誰にでもひとつやふたつ思い当たるのではないでしょうか。
今回取材させて頂いたのは「ダメだと分かっているのに“髪”を抜いてしまう」という女性、土屋 光子(つちや みつこ)さん。
自ら髪を抜いてしまう症状に悩まされてきた土屋さんは、現在髪を失った女性たちが集う「Alopecia Style Project Japan(以下ASPJ)」の共同代表を務めています。 この記事では土屋さんがASPJを発足するに至った経緯や、髪を抜いてしまう癖を受け入れるまでのストーリーを語っていただきました。

ASPJとは

抜毛症と呼ばれる髪を抜くことがやめられない症状を持つ土屋さんと、自然に髪の毛が抜けてしまう多発性脱毛症の角田さん。この2人が代表を務めているのが、ASPJという団体です。
ASPJは「髪を失った女性が、自分を受け入れ生き生きと暮らせる社会」を目指しています。ASPJの活動の幅は多岐に渡り月に一度のオフ会や、SNS上で情報交換ができるオンライン交流会。さらに2019年7月には自分自身を愛して幸せにすることを誓う「MY CEREMONY PROJECT」なども行なっています。

髪の毛がなくなるのは可哀想なことではない

今日はよろしくお願いいたします。
最初にASPJの代表である土屋さんと、角田さんの出会いをお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?
出会ったのはFacebookです。実はもう1人立ち上げに参加したメンバーがいます。その方の投稿に角田がコメントをしていたのを私が見つけました。きっかけになったのは、生まれつき全身の毛がない斉藤淳子さんという人がウィッグを外す瞬間の投稿です。その写真を見て、私はものすごく衝撃を受けたのを覚えています。投稿を見つけた時、既にコメント欄で角田と斉藤さんがポジティブな意見交換をしていたので、そこで“私もそう思います!”と割り込んで、コメント欄のやり取りに入って行ったんです。
コメントでの出会いがきっかけで意気投合して、お互いに情報交換をするうちに「会ってみよう!」という流れになったので、そこで初めて顔を合わせました。
そうだったんですね!それはどのくらいの時期だったのですか?
最初に会ったのが2017年の7月で、8月にこの団体(ASPJ)を作っています。初めて会った時に角田が3ケ年計画を作って資料を持ってきてくれたので、話がスムーズに進みました。3人が共通して持っていた課題は、“髪がなくなるということが、あまり知られていないということ”であるということ。“命に直結していないので軽視されがちな問題”ということでした。
でも、軽視されている一方で心に受ける傷はすごく大きいし、子ども時代や思春期の時にはかなり辛いよねって思っていたんです。ただそれを“病気です”“私たち可哀想でしょ”という形では発信したくないと、3人とも考えていました。
あまり知られてはいませんが、髪がなくなるということは誰しもが急になり得る病気なんです。近年では乳がんの方も増えていますし、薬の副作用で隣の人がウィッグを使っている可能性もあります。 実はそんなに珍しいことではないんだよ、という想いを“アートのようなカッコいいスタイル”で発信していこうと、その日のうちに意気投合しました。
そして1ヶ月後に末広がりで縁起がいいので、8月8日に団体を発足させました。

抜毛症を認めるまで

土屋さんは話を聞いている中で、どんな質問にも嫌な顔1つせず丁寧に答えてくださいました。しかし土屋さんが抜毛症を乗り越える経緯を聞いた際は、言葉を選びながら慎重に話していたのが印象的でした。
土屋さんの人生を語る上で欠かせない、抜毛症との付き合い方をお聞きしました。
土屋さんはSNS上で“髪を剃った”とカミングアウトされていましたが、詳しくお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?
私は自分で自分の髪を抜いてしまう症状があり、抜いている部分と髪の毛が生えている部分の差が激しいんです。なので髪の毛をそのまま伸ばしていると落ち武者みたいになってしまうんです。 そうすると明らかに病気です!という印象になってしまうので、ある時“剃ってしまおう!”と思い立ちました。 剃ってしまえば髪の毛を抜く癖が治るかな?とも思って剃ったのですが、以前よりも頻度は減りましたが完全には治りませんでした(笑)
そうだったんですね!髪の毛を剃った時、周囲の反応はどのような感じでしたか?
事前に主人には伝えており、息子2人は“僕たちと一緒の頭だね!”と言ってくれました。主人は、“尼さんみたいだね”とユーモアのあるリアクションで受け止めてくれました。
今でこそウィッグを付けたり付けなかったり、色んなスタイルで生活していますが、カミングアウトした当時からすでにこうだったわけではありません。段々と人の視線が気にならないように“慣れて”きたんです。ASPJはカミングアウトをお勧めしているわけではなく、ご自身が本当はどうしたいのか?という個人の意思や本音を尊重しています。
今までは“髪の毛が抜ける”ということに関して情報にばらつきがありました。そこで突然発症した人や今まで脱毛などで悩んでいた人にアクセスしてもらって、いろんな選択肢があることを知って頂くひとつになれたらと思います。
また、普通に生活している中で“それはウィッグですよね!?”みたいな会話はほとんどないので、自分と同じ悩みを抱えている仲間に出会えないんですね。だからこそ、ASPJの場で自分と同じ症状で悩んでいる人、年齢が近い人に会ってもらって、情報交換を活発にしてもらえればいいなと思っています。

お母さんの笑顔を大切に

今後はASPJでどのような活動を考えていますか?
今年は『花王』さんから花王社会起業塾の2019年度支援対象起業家としてご採択いただき、私たちのオフィシャルパートナーになっていただきました。『花王』さんと一緒に活動をしていく上で、私たちの中で“より多くの方に情報を届けたい”という想いが芽生えてきました。 そこで今までは大人の女性にターゲットを絞っていたのですが、今後は髪の悩みを抱えているお子さんだったり、その親御さんにも着目して活動を広げていければいいなと思っています。
お子さんに症状がある場合、自分はその悩みを分かってあげられないけれど、お子さんに症状があるというのは行き場のない悩みだと思うんです。実際にASPJにいるメンバーに聞いても “自分が小さい時にお母さんが辛そうな顔を見るのが嫌だった” “お母さんに安心してもらいたいからウィッグを付けた”という声を聞きくことがあります。皆さん、家族の中でも1番近いお母さんの笑顔が見たいという想いを共通して持っているのだと感じています。
だからこそ親御さん同士が情報交換をできる場を作っていく。この親御さんやお子さんに向けた活動は、オンライン・リアルのコミュニティ問わず取り組んでいきたいと思っています。
さらに、髪の毛の悩みを抱えている人でも“大人になって結婚も就職もできるよ、心配はいらないよ”という想いを私たちが伝えていく。子どもたちにも“大丈夫!大丈夫!”と伝えて不安を取り除いていけたらと思っています。

ウィッグが日常的になる未来を切り開く

現在は「ウィッグをつけている」「髪の毛がない」というだけで、特異的な目で見られることがしばしばあります。しかしそれは土屋さんをはじめとした髪の毛の悩みを抱えてる人にとっては、生きづらい世の中でしかありません。
土屋さんは最後にファッションとしてのウィッグの在り方、土屋さんの息子さんたちが大人になる時に当たり前になっていてほしい世の中の理想を語ってくださいました。
私たちは、世代を繋いでいくような役目ができたらいいなと思っています。また、企業さんの力を借りて、より情報やASPJの活動を浸透させていきたいとも考えています。
ウィッグは隠すものではなく、髪の毛がある人も普通につけられるアイテムです。ウィッグがメガネとかコンタクトレンズくらいライトなファッションアイテムとして認識されると、私たちがカミングアウトする必要もなくなると思うんです。そういう風にもっとみんなが自由に楽しめる世の中になればいいなと願っています。
うちの息子は最近小学校に通いだしたのですが、学校は良くも悪くも時代が止まっていて、いまだに頭髪検査があります。茶髪にしていると“昔の写真を持ってきなさい!”という風に。 頭髪検査に関して、この多様性の時代なのにと疑問がわきます。集団で尊重する事、個人を尊重するところを分けておかないと自己否定につながると感じます。インクルーシブ教育の1つとして教育機関などにも働きかけていけたらなと考えています。

– おわりに - 自分のコンプレックスを認めるということ

ASPJは発足からまだ数年しか経っていませんが、様々な理由で髪の毛を失った女性が集っています。
土屋さんのように抜毛症で悩んでいる方、乏毛症の方、薬の副作用で髪の毛がなくなってしまった方、いずれも「髪の毛がない」という悩みや不安を抱えてASPJの扉を叩いたと言います。
しかし、メンバーが集まると暗い話が出てくることはほとんどありません。
彼女たちは髪がない、という以前に1人の女性です。時に苦しみ悩むこともありますが、痛みは共有して分かち合いで減らしていく。そして、生きていくうえでの「HAPPY」な事を一緒に増やしていく。髪がないことも、自分の一部として受け止めていこうという思いをもって参加してくださっています。
自分のコンプレックスや認めたくない部分を受け入れる。人生を楽しむ上で基本的なことですが、どうしても私たちは日常の中で大切なことを忘れてしまいがちです。
逆境を乗り越えてきた彼女たちの姿は、これからも髪を失った女性たちの励みとなり、希望の道標になるのではないでしょうか。