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理由もなく、いたずらに髪の毛や体毛を抜いてしまう抜毛症。同じく精神疾患である皮膚むしり症と共通点が多く、いずれも早急な対処が求められます。
今回は、抜毛症の症状や原因、皮膚むしり症や強迫性障害との違い、さらに有効な治療方法についてご紹介します。
今回は、抜毛症の症状や原因、皮膚むしり症や強迫性障害との違い、さらに有効な治療方法についてご紹介します。
抜毛症とは
抜毛症とは、特別な理由もなく体毛を抜いてしまう精神疾患の1つ。対象となる毛は、髪の毛をはじめ、まつげ・眉毛・あごひげなど、ありとあらゆる体の毛を抜きたい衝動にかられます。その中でも特に、髪の毛は分量も多いだけに脱毛状態が目立ち、症状も深刻です。
多くの抜毛症患者は、「抜くのは良くない」と理解しながら、その行為を止めることができません。体毛を失うことで外見も変化してしまうため、精神的な苦痛を感じますし、仕事・プライベートに関係なく、大きなストレスになるでしょう。
主に、脱毛症は「自覚タイプ」と「無自覚タイプ」に分かれます。前者は、毛を抜いている自覚を持ち、イライラやかゆみ、不安定な精神状態を一時的に解放するために行為に及びます。後者は、何かをしているとき、知らず知らずのうちに抜毛するタイプです。多くの場合、両方のパターンが混在するケースが目立ちます。
抜毛症って日本にどれくらいいる?
日本における抜毛症の有病率は、1~2%程度です。つまり、日本人の100人に1人か2人は抜毛症の症状に悩んでいることになります。
抜毛症患者のうち、ほとんどを占めるのが女性です。男女比率は1:10で、男性の10倍の多さ。しかし、あくまで統計上のデータであり、実際には症状を隠している男性患者は多いとの指摘もあります。
一般的に、抜毛症を発症するのは10歳~12歳頃の思春期がもっとも多いとされます。もともと幼児や児童に多い症状でしたが、昨今では男女問わず成人後に発症するケースも少なくありません。つまり、抜毛症はどんな方でも起こり得る疾患といえるのです。
抜毛症の原因
今のところ、抜毛症の原因は特定できていません。精神疾患であることから、ストレスとの関係が指摘されています。いずれにせよ、抜毛症の明確な原因に関しては今後の研究が待たれるでしょう。
毛を抜くことで、不安定な精神状態が沈静化するという方は少なくありません。不安な気持ちや止まらないイライラを鎮めるべく、抜毛行為に走っているのであって、決して自傷が目的ではないのです。本人の意思とは無関係に、やむを得ず衝動的な気持ちに反応して抜毛に及んでいるといえるでしょう。
また、抜毛症は何がきっかけで発症するか分かりません。慢性的なストレスが原因となることもあれば、かゆみを止めるために1本、髪の毛を抜いたことが引き金となることもあります。ささいな行為がきっかけで、ある日突発的に発症する可能性もあるのです。
皮膚むしり症との違いは?
抜毛症と同類の症状として指摘されるのが、皮膚むしり症です。抜毛症と同じく精神疾患の1つに数えられます。皮膚むしり症とは
皮膚むしり症は、強迫症と呼ばれる精神疾患の一種で、皮膚をひっかく行為を何回も繰り返すことが特徴。場所は、顔や腕、手のひらなどの皮膚が中心で、ニキビやかさぶたはもちろん、健康な肌でもひっかいて傷付けてしまいます。自傷行為が悪いことと分かりながらも、かきむしりたい衝動を抑えきれず、その行為を止めることができません。
皮膚むしり症は青年期によく見られる一方、年齢に関係なく発症する可能性もあります。国内有病率は1~2%で、4分の3以上が女性です。
具体的な違い
抜毛症と皮膚むしり症は、対象となるのが体毛と肌の違いだけで、発症時期や有病率、性別割合、ともに精神疾患の一種で強迫観念にさいなまれる点など、非常に似通った部分が見られます。
皮膚むしり症の症状が顔や腕などの皮膚が中心なのに対し、抜毛症でもっともダメージが大きいのは頭皮です。健康な髪の毛を無理に引っ張って抜き取り、頭皮に大きなダメージを与えて、毛母細胞の破壊を引き起こします。これが続くと脱毛症になりかねません。
たとえ抜毛症を克服したとしても、症状の度合いによっては、長期的に頭皮を保護・ケアする対策が必要となるでしょう。
強迫性障害との違いは?
強迫性障害とは、ある特定のイメージに大きく心が支配されて、行動や感情に影響を及ぼす精神疾患の一種です。世界保健機関(WHO)は、「経済損失および生活の質低下に影響する10大疾患」の1つに、この強迫性障害を挙げています。放置するとうつ病などの深刻な病を併発することから、早期の治療が望まれます。強迫性障害とは
強迫性障害の患者は、何らかの考えやイメージが頭に浮かんで離れない状態(強迫症状)にさいなまれ、それを打ち消すための行動(強迫行為)に走ります。本人の中でも、それがとるに足らない行為であると分かりつつ、どうしてもやめることができません。
強迫観念には、次の4つのタイプがあります。
(1)汚れや不潔を極度に敬遠する「汚染恐怖」
(2)何か悪いことをしてしまうのではないかという「加害恐怖」
(3)思い通りにぴったりはまらない「不完全恐怖」
(4)物の不足を恐れてため込んでしまう「ため込み障害」
これらの強迫観念にさいなまれ、ストレスが蓄積することで、うつ状態や不安障害を併発してしまうのです。
(2)何か悪いことをしてしまうのではないかという「加害恐怖」
(3)思い通りにぴったりはまらない「不完全恐怖」
(4)物の不足を恐れてため込んでしまう「ため込み障害」
具体的な違い
抜毛症では、毛を引き抜く直前までは緊張感があり、行為の直後は一種の開放感や快感を覚えます。これに対し、強迫性障害は行為後の精神的な落ち着きが見られず、不快な気持ちや嫌悪感を引きずったままになります。
また、抜毛症の場合、「髪の毛を抜かなければならない」という強迫観念ではなく、「髪の毛を抜きたい」という衝動があることが特徴で、実際に抜くまで落ち着きが得られません。
強迫性障害では、実際の行為に及んでも冷静さや安定感を得られないため、「手洗いは1日に5回まで」とルールを決めることで、歯止めをかける場合があります。
治療方法はある?
原因不明の抜毛症も、セルフケアや病院での治療で症状の回復が可能です。自分で行う「ハビット・リバーサル訓練」を試してみて、それでも改善が見られない場合は、精神科を受診するようにしましょう。ハビット・リバーサル訓練
精神科で行う抜毛症治療の1つに、認知行動療法(ハビット・リバーサル訓練)があります。これは、自宅でも実践可能なため、症状に悩まされたときは「抜毛を意識する」気づきの訓練から始めましょう。
ここでいうハビットとは、「問題のある癖」という意味で、まずそれを自覚し、正反対の行動や習慣を身に付けていく療法です。毛を抜く行為を振り返り、抜毛特有の感情がないかを観察し、行動の流れを記録します。無意識でつい始めてしまう行為を言葉で表し、ノートなどに書きとめると同時に、抜毛によるメリット・デメリットも書き出していきます。
抜毛してしまう自分の状態が客観的に観察できた後に行うことが、正反対の行動をとる訓練です。手のひらをぎゅっと握りしめたり、脇を強く締めたりする行為を数分以上継続。簡単に髪の毛やあごひげに向かわないよう、手にブレーキをかけるイメージです。指サックを常に装着する方法も有効とされます。
精神科医を受診
自力で改善させることが困難であれば、迷わず医療機関を頼りましょう。抜毛症の診断先として有効なのは、精神科や心療内科、皮膚科です。抜毛症は精神疾患に分類されるため、精神科および心療内科で治療を受けることが望まれます。
精神科での代表的な治療は、薬物療法です。抜毛症を根本的に治癒させる薬は今のところ開発されていませんが、精神状態に落ち着きを取り戻す対症療法として有効とされています。
抜毛症の治療現場でよく使用される薬が、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という、強迫性障害やうつ病に対して処方される薬です。薬の効能は個人差があるため、使用後の経過をしっかり観察して、状況次第では薬の変更・使用中止など柔軟な対応が欠かせません。また、副作用のリスクもあり、子どもへの処方はおすすめできないとされます。
リラックス
気持ちを静めるためのリラクセーション練習も、抜毛症治療に一定の効果があります。抜毛のきっかけは、強いストレスやイライラなどの不安定な感情によるところが大きいことを考えると、リラックスすることは極めて重要です。
おすすめのリラックス方法の1つに、腹式呼吸があります。おなかの膨らみを意識して息を吸ったり吐いたりする呼吸方法で、おなかに手を起きながら、リズムよく呼吸してみましょう。息を吸ったときにおなかの手が浮き上がり、吐いたときにゆっくり下がっていくような感覚を大事にしてください。
腹式呼吸の他に、外の空気に触れながら散歩するという方法も有効です。緑豊かな公園内を軽く歩くだけでも、イライラした気分も多少和らぐでしょう。散歩やウォーキングなどは自律神経の安定につながる湯酸素運動の一種で、ストレス解消に最適。腹式呼吸同様、抜毛症改善のためのリラックス方法として取り入れたいところです。
周囲の理解とサポートを得る
治療中は、なるべく家族などの身近な存在が付き添ってあげることが大切です。本人にとっては心の安定が何より大事であり、家族がそばでサポートすることで、少しでも力になります。病気のことを理解して、一緒に治していく姿勢が求められるでしょう。おわりに
精神疾患の一種である抜毛症は、皮膚むしり症や強迫性障害と混同されやすい疾患ですが、その違いを把握することも大切です。3つの中でももっとも頭皮へのダメージが深いのが抜毛症のため、薄毛リスクに注意しなければなりません。
抜毛症の原因はまだ解明されていないものの、認知行動療法やリラックス療法、薬物療法など有効とされる治療方法はいくつかあります。まずは、抜毛症であることを自覚し、精神科を受診するなど早めの対策を講じることが重要です。